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ふたりのおばあちゃん

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ふたりのおばあちゃん

私にはおばあちゃんがふたりいた。

おじいちゃんはいなかった、父方のおじいちゃんは父が高校生の時に亡くなった。

母方のおじいちゃんはどうやら母が幼い時に家出したと聞いている。

私はおじいちゃんがいる人がうらやましかった。

おじいちゃんはきっと優しいだろうなって勝手に想像していた。

そしてふたりのおばあちゃん。

台湾のおばあちゃんはとても厳しい人でした、すごく怖かったし、でも明るいおばあちゃんだった。

いつも母と私が遊びに行くと「豬母」と母のことを言う、少し意地悪そうな微笑みを浮かべながら(台湾語の発音でディーボー)日本語の意味は「豚の母」という意味だと思う。フフフ・・・

日本のおばあちゃんもとても厳しかった。そして昔の人だから、とても苦労をしたでしょう。

ちょうど父が生まれたのが終戦した年だった、おじいちゃんとおばあちゃんは富山に疎開していたと聞いている、そこで父が生まれた、生まれる時産婆さんを呼びに行ったけど、まだ大丈夫だと言われ、お産婆さんがいなくなって、急に生まれたらしい。母は強いと思う。

日本に帰って来てから、思うこと、やはり台湾の人と日本の人を比べてしまう。

台湾の人はなんでもはっきり言うけど、かえって心に溜めておかないからいいと思う。

日本の人はなんでも曖昧にするし(曖昧語だとも言われいるが)でも陰で悪口を言うの好き。

世の中の日本人を見ているともう、意地悪い感じの顔の人が多いこと。

年取ったらもっと人間ができてないとと思う。

私はなぜか赤の他人に何かを言われたりする。おじいちゃん、おばあちゃん。

そんなに言いやすい顔なのかと思う。

マスクのことだったり、消毒のことだったり。

なんで赤の他人にいろいろな嫌な思いをさせられるのかと思う世の中。

どうしてしまったの?日本人。

平気で誰かを傷つける世の中でいいのか?

しおり

ふたりのおばあちゃん、どうしても私は日本のおばあちゃんを好きになれなかった。

女に生まれて来なければよかったと何度思ったか。

もし私も男に生まれていたら、その時父はそれでも二人の子供を育てられないからって、私を台湾へ行かせたのだろうか。

それを父に聞かなかったことが残念。

私は絶対意地悪なおばあちゃんにはなりたくないといつも思う。

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