
アルバイトデビュー
高校生になるとアルバイトをはじめたが、初めて面接を受けたのは忘れもしない、「マクドナルド」だ、かっこいいイメージで、あこがれでもあった、マックのバイト。
が、しかし、ラーメンの写真を載せたように、ラーメン屋さんのアルバイトをはじめた。
たまたま近くのラーメン屋さんでの「洗い場」募集の貼り紙を見て、面接に行ったら、店主さんが採用してくださって、家から歩いて3分くらいだし、夜6時から9時、洗い場のアルバイトをはじめた。
しかし、帰国して2年ちょっと、結構日本語をしゃべれるようになったつもりだったけど、
店主さんが忙しさのあまり、私に当たってくる。
「まだ、日本語分かってないのか?」みたいに言われることがとても悔しかった。
しかも当時のアルバイトの時給が最低でも900円台はあろう時代に、私は時給500円からスタートと言われた。
アンビリバボー!!
でも、頑張りを認めてくださったので、時給はすぐ1000円になった。
木曜日が定休日だったので、ざっと月の7万以上のアルバイト代を稼いでいた。
それに朝は5時から2時間くらいの新聞配達もしていたので、毎月12万以上は稼いでいた。
働く高校生だった。
それが辛いと思ったことはもちろんある、でも自分でお金を稼ぐのは楽しくもあった。
しかし、オシャレな洋服とか買うより、ほとんど胃袋に消えてった。しかも、友達にたかられて終わった。今思えばとても勿体ない。
ラーメン屋のバイトの話に戻ると、大繁盛していたので、忙しかった。
行列もよくできていたので、洗い場担当の私は、笑顔でいらっしゃいませと言いつつ、心では「もう来ないで、並ばないで」と何度思ったか、とにかく大忙しだった。
確かにラーメンはうまかった!
ご主人は新潟の人で、奥様は鹿児島の人だった。
しかし、今だから言えるけど、当時何より辛かったのは、毎日のまかないだ。
もう1人相棒のおばさんがいたけど、毎回そのおばさんは「野菜炒め」を頼むので、私はもっといろいろ頼んで見たかったけど、毎日「野菜炒め」にライス、スープだった。
飽きた、正直。いくら美味しくても。
しかもお肉なんてちょっとしか入れてくれない。(ケチだと思った)
いやいや、まかないだから贅沢は言えない、当時まだ小娘だった私はそんな大人の事情を知る由もなかった。
しかも、忙しい日は立ったまま食事をしなければならず、そこから私は早食いになったに違いない。
保育園のころはもうとっくにみんなお昼寝していたのに、私だけ最後まで昼ごはんを食べていたらしい。
しおり
今日ははじめてのアルバイトを思い出し、懐かしく思い出して書いて見た。
まだまだたくさん経験したアルバイト含め、いろいろなことをこのブログに書き出して行きたい。
おかわり!
おいしいラーメンをおかわりするみたいに、このブログをどこかの誰かが、何度も見たくなってくれたら、嬉しい。
うまい!!(一人ボケとツッコミ)

